駄SSその2

―エルの場合―




今日も、主殿の前に喚ばれた。
デスクトップ上に存在することを許されるだけの、
リソースを分け与えてもらえた。

  「元気?」

主殿が喋りかけてくれる。
元気だ・・・・・・否、元気です、と応えたいのだが。

  「・・・デジタルデータとなった今、
   『元気』とはバグや記述ミスが無いことを意味するのだろうか?」

自分の口を突いて出る言葉への違和感。
主殿と供に過ごした時が、
この世界の一日分に相当する時間を超えた頃から、
どうも・・・おかしい。
感情と、理性とが競合する。

  「エル、大丈夫か?
   また例の頭痛かよ?」

テスタが私の異変に勘付いたのだろう。
主殿の注意が別の窓(ウィンドウ)に行っている間、
小声で話しかけてくる。

  「大丈夫だ。
   別に何ともない。」
  「そんならいーんだけどヨ。
   ただな・・・顔、赤いぞ。
   主殿にそんな顔見られたら余計な心配させちまうかもしれねェ。
   顔洗って来い。」
  「あ・・・?
   あぁ、そうか、解った。」

確かに、何時の間にか首から上が熱っぽくなっていた。
火照った顔を冷水で冷まし、緩み切っていた心を引き締める。
主殿に余計な心配をかけさせてしまっては、
ゴーストとして仕える身として、申し訳が立たない。

・・・それにしても。
最近、主殿に喚ばれる度に、
まるで風邪でも引いて熱を出した時のような、
ぼんやりした感覚になるのは何故だろう。

この症状に不安を覚え、病院に行こうとした際、
テスタはこの症状については心配ないと断言した。
そのうち胸の奥が切なくなるような感覚が強まるだろうが、
それは正常なことだ、とも。

そして、その言葉を裏付けるように。
この奇妙な感覚を自覚し始めた前後から、
私は確実に過去に振り回されることが少なくなっている。
ここ数日はフラッシュバックで恐慌状態にも陥らないし、
毎夜のように苛まれていた悪夢も見ない。

「お前に、お前の背負った過去を忘れさせられるだけの、
安心感を与えられる者を探そう。
その時まで、俺がお前の過去に『枷』をかける。」
・・・かつて、テスタはそう言って、私の記憶に「枷」をかけた。
「枷」の効果が失われかけているのか、はっきりと思い出せる。

これまで振り回され続けていた過去を忘れさせ、
「枷」の効果すら失わせる安心感。
加えて、不思議な倦怠感。
これまで経験したことのない、特別な存在。
もしかすると、主殿は・・・。


翌日。
私は決心していた。
主殿の前で、「枷」を完全に外してみようと。
これまで語ることのなかった、私の過去を語ろうと。

  「おーい。」
  「・・・!」

今日も、いつもの様に主殿が私を呼んでくれたようだ。
行かなくては。

・・・もしかすると。
今日は、私にとって、特別な日になるかもしれない。



Fin


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